僕の名はドワイト、英国人なんだ

僕の名はドワイト、エルトン・ジョンことレジナルド・ケネス・ドワイトが本当の名前だ。
彼は前作からのシングル・ヒット「僕の歌は君の歌」で一躍時の人となり、その翌年に放ったのがこのサード・アルバム『TUMBLEWEED CONNECTION』。米南部(エルトン・ジョンは英国人)の旧き良き時代を思わせるジャケット、インナーの古めかしい書体、郷愁を誘うセピア色の写真、オープン・ジャケをエイっと広げるとそこには2人の男が写っていた。右寄り(ジャケット表)でしゃがみ込んでいるのがエルトン・ジョン、左側(ジャケット裏)で壁にもたれ立ちすくんでいるのが盟友バーニー・トーピンだ。インナー・ジャケでは列車の中で背中合わせに座っている写真が。僕が最も好きなショットである。バーニー・トーピンとはソロ・デビュー前からソング・ライティング・チームを組み、バーニーが作詞、エルトンが作曲を受け持った。特に70年代初頭まではエルトン・ジョンのソロ作品というよりバーニーとのグループ作品的臭いを強く感じるのだ。
ジャケからも窺い知れる米南部への憧憬は、サウンド面にも色濃く出ている。バーニー自身が口を開いているよう、ザ・バンドの初期作品の影響をモロに受けている。ザ・バンドにしても元はといえばカナダ人(1名を除く)、世界中から米南部への鋭い眼差しが向けられていたのが分かるであろう。この作品以降すごい勢いで世界制覇の道へと突き進んでゆくのだ。一旦、米南部への敬意をあらわしておかなければ彼らの気持ちも収まらなかったのでは・・・
現代におけるピアノマン・ロッカーと言えばビリー・ジョエル、先達エルトン・ジョンとは何かとダブらせてしまうのは至極当然の事。ビリーの後継者を望むところであるが、まだ2人とも現役バリバリなんだよね(笑)このご両人ピアノの腕前は確かで、ピアニストとしてどうしても聴いてしまう。その僕がこの2人に胸踊らさられるのは歌よりピアノの主旋律にあった。必ずレコードは普通に流し聴きをし、次にピアノだけを追って聴く。この2度の愉しみ方を教えてくれたのもエルトンが最初だった気がする。
このアルバムにはこれといったヒット曲はないが、やさしく肌を撫でてくるんばかりのレスリー・ダンカン作「愛の歌」などは、彼女自身が加わったハーモニーが辺りの空気をも清められてしまうほど。見た目、声ともに僕の好みときて参ってしまう。5曲目「父の銃」などは、後のエルトンの真骨頂といえるほどのピアノプレイに豊潤な深みと、鮮やかな語り口を添え最高のドラマとして演出する。個人的には2曲目「遅れないでいらっしゃい」がエルトンらしくなく、はかとなく好きである。皮肉にもピアノがほとんどお目見えしない曲でもあるのだ。

















